トヨタ自動車株式会社

Company

トヨタ自動車株式会社は2024年、オープンバッジを活用したデジタル人財育成に取り組み始め、「第2回オープンバッジ大賞」で奨励賞を獲得しました。同社のデジタル変革推進室 デジタル人財育成グループ 主幹の石井伴和様に、一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク設立5周年記念シンポジウム(2024年12月5日開催)において「デジタルバッジを活用したデジタル人財育成の浸透活動」と題してご講演いただきました。その内容をご紹介します。

トヨタ自動車におけるデジタル人財育成の目的

トヨタ自動車は、デジタル化を①デジタイゼーション(紙のデータをデジタル化するなど、局所業務の効率化)、②デジタライゼーション(データサイエンスを使って価値を創出するなど、抜本的なプロセス変革につなげる)、③トランスフォーメーションwithデジタル(デジタルを使って会社を変革していく)の3段階に分けています。
私たちは、③の段階に到達し、会社を変革することで、良いモノ(車)をつくるだけでなく、お客様/従業員/社会に良い体験を提供し、新しい価値を創出することを目指しています。ただ、現段階では①から②に移行しつつある時期だという認識です。
私たちがデジタル化を進める上で気をつけていることは、「変革なきデジタル」にならないようにすることです。「デジタル(D)」を塩、「トランスフォーメーション(X)」を肉に例えると、良い塩を使うことばかりを考えるのではなく、旨味のある肉に変えていくことが大事だということです。手段と目的を間違えずにDXを進めていかなければなりません。そのためにも、デジタルという手段を使って、目的である会社変革を進めていけるデジタル人財の育成が急務となっています。

デジタル人財育成における課題認識

トヨタ自動車には、機械内作業や高所作業など、ハードウェアに関する従業員のスキルを管理監督者が見るシステムはありますが、デジタルスキルはそのように可視化されてきませんでした。従業員にとっても、デジタルスキルを学んでも部署内で評価されなかったり、仕事で生かせなかったりするという不満がありました。
こうしたことから、社内でデジタルスキルの保有者を可視化し、会社が保有者に対してキャリアステップを提示していくことが求められていました。

デジタルバッジを活用した専門人財の可視化と育成

トヨタ自動車は、2024年からデジタルバッジを活用したデジタル人財育成に取り組んでいます。
現在はデジタルスキルに関してレベル1~4の段階に応じた試験を実施し、合格した従業員にデジタルバッジを発行しています。従業員にとっては「自信につながる」「自分と同じようなスキルを持った従業員とつながることができる」「さらに上のスキルに挑戦しようというモチベーションになる」といったメリットがあります。経営層や管理職としても「適材適所の配置につながり、従業員のやる気を引き出せる」「従業員が活躍することで、会社の収益も向上する」といった効果を期待できると思います。

デジタルバッジの建付けと今後の展望

私たちは情報処理推進機構(IPA)が出しているデジタルスキル標準にのっとって、デジタル人財の14のロール(建付け)を作っています。ロールには「DXビジネスアーキテクト」「デジタルプロダクトマネージャー」「情報セキュリティプランナー」「データサイエンティスト」「アジャイル開発エンジニア」などがあり、それぞれでレベル分けもされています。
社内では生成系AI証明証やクラウド利用証明証など、さまざまな証明証が従業員に発行を検討していますが、デジタルバッジはそれらとは一線を画し、人事評価につなげてもらう形にしていきたいと思っています。
さらに、今後はトヨタ自動車のデジタルバッジの基準をトヨタクループや関連会社の間でも一体的に活用し、人財の流動化にもつなげてグループ全体を活性化させていきたいです。

デジタルバッジプロモーション活動

デジタルバッジの導入にあたっては2024年の春と夏、一部の部署でトライを行い、同年10月、正式にリリースしました。
トライの際には社内から「デジタル人財の流動化・異動が活発になることを期待する」「各部のデジタル化のKPIとして活用してほしい」などの好意的な反応が寄せられました。一方、「受験やバッジ取得が目的とならないような運用を目指してほしい」「一過性で終わらないようにしてほしい」といった要望もありました。
トライに参加したサプライチェーン戦略部の部長からは「デジタルの力で、組織や会社の壁を越えて、セクショナリズムを脱却できる」「若手だけでなく、全員がデジタルリテラシーを上げるため勉強してほしい」と背中を押してもらいました。
そして10月の正式リリースの前後には、私が各部署のトップミーティングにも出て、デジタルバッジの社内プロモーションも進めました。その際に各部署のトップからは「『このバッジを取得しているから、この仕事をしたい』という自己発信の道具として、デジタルバッジを活用できる」という前向きな反応もありました。
ただ、「デジタルバッジの認定はあくまでもスキル認定。デジタルだけでなく、クルマ屋としてのスキルとうまく組み合わせて、初めて人事評価につながる」との意見もありました。デジタルバッジのスキルを業務で活用した成功事例を作り、社内でアピールしていく必要があると思っています。

デジタルバッジ認定試験結果

受験者に対し、こうした取り組みを他人にどれだけ推奨するかを尋ねた「NPS」という指標を測定しました。トライの際はデジタルに親和性の高い部署だけが対象だったこともありNPSが良かったのですが、11月には下がりました。デジタルに苦手意識を持っている人にもデジタルバッジの取得を前向きにとらえてもらえるよう、プロモーションなどの取り組みをさらに進めていきたいです。
受験者へのアンケートで受験の動機やきっかけを尋ねたところ、デジタルスキルを把握したかったという人や、上司からの告知を受けて受験したという人が多かったです。ただ、勉強のために提供した動画の充実度については課題を指摘する声も多く、今後、動画と試験との整合性を高めていきたいと思います。
なお、現在試験で認定しているのはレベル4までです。レベル5~7については、デジタルスキルを活用して仕事で成果を出した人を認定していきます。
また、自動車業界は変化が激しいので、デジタルバッジの有効期限は3年にしています。毎年、基準や試験内容を見直していきます。

質疑応答

Q)デジタルスキルを学ぶ研修を設計するときに、研修の必要性や、事業との結びつきについて、管理職や従業員に説明していますか。
A)デジタルバッジの取り組みは始めたばかりで、「このロールを持っている人がこんな成果を上げた」という事例はまだ出てきていません。今後、各部の有識者と一緒に、そうした事例を作って発信していく予定です。ただ、すべての業務で具体的事例を作るのは非現実的です。いくつかの事例を抽象化し、各従業員が自身の業務に落とし込んで想像してもらえるよう、発信していきたいです。

Q)ジョブ型の雇用制度を敷いている欧米等では、自身のビジネスパーソンとしての価値を証明する1つの手段として、デジタルバッジを就職活動でも活用しています。御社のデジタルバッジは、社外でもアピールに使ったり、社外の方も認定したりするものなのでしょうか。それとも社内で使っていくものなのでしょうか。御社のデジタルバッジの価値づけをどのように進めていくのかについてもうかがいたいです。
A)今後は自動車業界全体を巻き込んで、デジタルバッジを活用していきたいと思っています。第三者機関から、私たちの試験にお墨付きをもらえるような取り組みも進めていきます。レベル5以上については他社の方も評価の対象とし、認定自体の価値をつけていきたいと考えています。

オープンバッジ担当メンバーの思い

講演後、石井様をはじめ、社内でオープンバッジを推進する活動をしている担当メンバー4人に、オープンバッジ推進への思いや、今後への意気込みをうかがいました。

石井伴和 様
「これからもオープンバッジを起点に、デジタル人財の育成をしていきたいと思っています。日本の優秀な人財がデジタルを武器にして、社会に貢献してくれたらうれしいですね。トヨタ自動車は私の人生に価値を与え、成長させてくれました。これまで諸先輩方から学んだことを多くの人に伝えていきたいです」

佐川洋介 様
「デジタルを活用すれば、伝統的な日本の企業も新しい道をつくっていけます。日本が『終わった国』のように思われ、このまま沈没するのをただ見ているわけにはいきません。これからもトヨタ自動車のフィールドを活用し、一人ひとりが新しいことにチャレンジできる環境を作っていきたいです」

澤紀彦 様
「私は新しいデジタル技術が大好きで、デジタルを通じて人と社会に新しい価値を生み出したいと思っています。オープンバッジの推進を通じて、広くデジタルスキルを広げるとともに、データを活用できる環境を整えていきたいです。今後も、自分自身のスキルを向上させながら、会社に貢献していくことを目指します」

芝崎一郎 様
「今の子どもたちが働く頃にもトヨタ自動車が楽しい会社であってほしいという思いが、私の仕事への原動力となっています。現在はオープンバッジの運用を担当しており、多くの従業員にデジタルを生かして仕事を進めたいと思ってもらえるよう、活動しています」

一覧に戻る